アインザムカイト

2010.06.20 Sunday
「ことばの前」とは何か

(↑ラスコーの洞窟壁画を、夜空の星の写影、動物達のなぞらえと仮定し、天文学側から研究したドキュメント番組。
独ZDF局アーベントイヤーフォーシュング 09年夏の放送から引用)

 私達は母国語のコトバの枠から逃れることは不可能なのでしょうか?
言語の役割の一つに、一義的信号処理を超えた意味の取得-解読があります。
未知の対象との遭遇時、星雲のようにモヤモヤした塊を、分類しようとする行為「分けること」が、
”わかること”、つまり「理解すること」の前提なのか、参照先はいつも母国語の統治下なのか。
他者間通信はもとより、人の内側からのあらゆる情動が、コトバのグリッドに添って振り分けられ、
曖昧なモノも近似値点へと吸着させるよう習慣化され、全てをコトバの枠へ強制格納(留保を許さず即投獄)
しようと働く志向性、この強固な篩のシステムの残酷さについて、長い間考えていました。
専門的には、後のカタログ文化にまで連なる語源、発端のアリストテレスのカテゴリア/ Kategorieや、
カントの判断力に遡れる話ですが、もう少し経験に即した事柄を書かせてもらいます。
 前回の続き、外国語について少し想像してみます。一人の人間に複数言語が共存する場合、脳における各語彙の格納状態や文法指令、
階層の在り方は、母国語領域が、新たな学習言語を包含した状態を連想しがちですが、
(成人後に外国語を習得した人は皆気付くことですが)学習開始時は、日本語で蓄積してきた、
頭に既にある辞書を参照しながら一つずつ語彙を対応させ習得していきますが、
ある時点で英英辞典、仏仏辞書、シソーラスなどを用い、 母国語から離れようと学習法を切り替え、暫く続けていると、
新たに外国語独自のグリッド、処理領域が生成され、 日本語を経由せず(飛び越えて)直接、
外国語の文字なり音声と往来できるようになります。原書読書の愉しみというのは、あらすじなど内容、情報摂取というより、
母語の枠を経由せずに文字や新語彙が次々に入ってくる直接的で例え難い刺激にこそあるのです。
この比喩は脳の機能局在論に近いですが、MRIなど無い大昔から、外国語学習の経験則として、
新語用の新たな領域生成をイメージするよういい伝えられてきたようです。
また楽器の演奏の習得、楽譜←→身体運動の往来、スポーツの勘のようなモノも同様に、
処理領域の生成、組織化をトレーニングで促進獲得していくものといえるでしょう。
ポランニーの暗黙知や、昨今の認知言語学など別分野で研究されてきたものが、
実は同じモノを別角度から眺めているようにさえ見えます。
 このような新たな技能の獲得が独立して脳にマッピング可能であることから、私達は母国語にそれほど
縛られていないようにも見えますが、単一作業時の脳の稼動領域は棲み分けられ無関係に写る行為でも、
あらゆる場面で私達はメタファーを活用し、効率的に習得作業を行っていることが認知言語学などで指摘されています。
新規参入に排他的ではないけれど、極や配分比率は一定以上動かしがたく、
コトバは見えない所、隅々にまで私達について回っているといえそうです。
 意識下で私たちの母国語(日本語)システムが、分類や解剖へ追い立て、比較検証まで行う、
ある傾向をもった機関、情報処理装置として常駐作動しているとしたら、無意識下ではどうでしょう?
言語システムの介入が、切り離されうるのでしょうか。
人が無意識下で発話する場面というと、日頃思わず出てしまう独り言や、睡眠中、夢の最中に発せられる
”寝言”というモノがあります。そこで発せられる言葉は、当然のことながら各人の生まれ育った環境、
通常母国語になるわけですが、日常生活において音声でなく、手話を通じてコミュニケートされている
聴覚障害の方々は、寝言も手話で行うのだそうです。
これは人間が他者とのコミュニケートに限らず、独りで思ったり、考えたりする際も、
コトバのグリッドを通過せざるを得ないと結論付けたくなる興味深い報告です。
深く人を縛るシステムとしての母国語、その役割が明らかになりつつも、あえてここで異を唱えたいのです。
 抽象的な記号操作と未分化で噴き上がる情念を並置するのは適切ではないかもしれませんが、
アインシュタインはコトバにならない思考が存在すると言い、前言語的なるものの存在を仄めかしていますし、
人間の想いや情緒がコトバの枠に全て収まるなどあり得ないと、僕は子供の頃から肌で感じてきました。
小さい頃から口数少ない性質で、話す速度もゆっくりな自分が、なぜこれほどまでコトバに拘るのかというと、
言語システムが切り捨てるモノ、コトバに分類される前の微細でいて、<うごめいているモノ>の存在、
その気配をいつも感じてきたからです。 それは実時間で言えば、発話前0コンマ数秒の間、私達の心内で起こっているミクロな、
しかし生をも司る根源と思える現象のことです。
こういう想いからコトバの役割、外延の設定、線引きにおける立法者の意図、その粗さに疑念を持ち、
会話中語彙選択に時間を要してすら、どこか言い切れないモヤモヤした想いがいつも残存し、 時に意気消沈してしまうのです。
そしてその無念さがコトバの余韻として、自分は誰とも通じ合えない異邦人であるという <孤独感>が伴ってやって来ます。
チュッチェフSilentium!のように、コトバにしたとたん それは嘘に化け、喪失感だけが残ってしまうのです。
コトバの裏切り、残酷さに苛まれる時、音楽を奏でたり、絵を描く方がしっくりくる自然な表現方法になります。
逆に日常、早口にまくし立てれる人は、既存のコトバを信じきって全く疑わない、
コトバから「こぼれ落ちるモノの存在」に意識が向かないのだなぁと、社会生活を送る上では快適そうである部分、
羨ましくも思っていました。心における言語システムの占有率は、その人物の性質を大きく方向付け、
特定職務への適正具合など、 おのずと社会の役回りへと大きく反映されてゆくものでしょう。
 誰しも子供の頃は、「ことばと対象のあいだ」を揺れ動きながら、少しずつ語彙習得し、
集団生活における条件、各種勉強を積んで社会適合を目指します。
この過程で非合理でコトバの篩からこぼれ落ち、掬えないもの、計量不能なものが、
同時に<教育不可能な領域>でもあり、それゆえ不要烙印を押されカリキュラムから排除されます。
しかしヘラクレイトスの言う ”遊戯する子供”を成立させ支える、おのずから湧き上がる
”好奇心”というものは、一旦殺ぎ取られると、後にどんな擬似メソッドを導入し、
取り戻そうと努力したところで、元の湧き上がる泉へは到達できないのです。
存在そのものが職務に最適化され、娯楽やレジャーなどカタログやマニュアルがないと、”遊び”方が分らず、
休日どうやって過ごしてよいのかわからない大人が大半の世の中になってしまう のです。
勘の良い人はお気付きと思いますが、コトバとは情報-技術の源でもあり、
今私達の身の回りで目まぐるしく進化するテクノロジーと、それをとりまく<野蛮な信仰>を疑い、
資本や欲望の総体として現出する「大きな声」に掻き消され、死に絶えそうになっているモノを 汲み上げ救わねばなりません。
 いくら科学技術が進歩し、身体をくまなく観測、データ収集できたとしても、心で起こっている現象と、
脳の血流に相関関係の付与、定義立法するのは他者でしかなく、その意味付けには、最終的にコトバの篩に因らざるをえません。
 ウィトゲンシュタインの「他人の歯の痛み」や「語りえぬもの」はどこまでいっても私秘的なもので、
ミラーニューロンが発見され、他者との連関、連鎖を立証できても、それは過去の記憶を各自呼び出し、
相互参照しているに過ぎず、あくまで切り離された間接的なモノなののはずです。
またその経験や素養がない、全く異なる文化圏で育った人種の間では
それすら起こらない可能性もあるのではないかと現時点では感じます。
この連帯を説明するには前に書いた主語(主体/個)を隠す日本語の特異な文法構造や、
古来の語源「おのずから」と「みずから」の差異に示されているように<文化の範疇>にあり、
日々軽々しく飛び交う文化という言葉の意味するものがどれほど重いものか、再認識させられます。
文明が文化を推進すると標榜して急普及し、結果逆に根絶やしにしてしまう事例は 農薬の在り方など様々な分野にあります。
 スティーヴ・ライヒのオペラにも登場したリチャード・ドーキンスの知人で、数年前来日もした
進化心理学者ニコラス・ハンフリーの「喪失と獲得−進化心理学から見た心と体」という本に、
約3万2千年前 に描かれた人類最古のショーヴェ洞窟の壁画と、自閉性障害の中のサヴァン症候群と呼ばれる
子供の絵が非常に似ているという興味深い比較研究報告が載っています。
 言語未発達な状況の子供が、先天的には持っていないとされる空間認識力、
遠近法技術を学習せず自力で見事に描けてしまう謎。
これはゲシュタルト能力に該当するような何かしらの認識能力の原型が遺伝子レベルで埋め込まれ、
数万年も継承されてきたということなのでしょうか。さらに興味深いことに、そのような患者さんに、コトバを強制習得させると、
自発的には絵を描かなくなるという旨の報告が書かれています。
これは題名通り、新たな技術獲得が、同時に過去の何かを喪失させることを意味し、
絵を描く欲求が言語使用に置き換わったということ。
この失われた欲求は、非合理ではありますが、湧き上がる好奇心の泉と同様、生の活動において重大な衝動で、
その場から発せられ描かれたモノは見るモノにもそれを分け与えてくれる点で個を超え、 公益な存在ともなりうるはずです。
 では落書きレベルであれ、こういう子供達が絵を書く欲求とは一体何なのか?
アウトサイダーアートにも言えるようですが、彼らは自分の絵を他人に見せようとしないそうです。
つまり名声や富目的に社会化することを望んで描いたわけではなく、創作過程それ自体に喜びを見出し、
社交性を拒む傾向すらあるようです。 そこには無邪気な遊び心と同時に、祈りに近いモノが込められているのかもしれません。
歴史上、美術や音楽の創作動機は、社会における個の誕生を境に、大きく意味役割が変化しますが、
源になっている、深い部分、創作へと向かわせる動機は同じでなかろうかと感じています。
政治体制のシンボライズや経済活動そのものを目的とした文化は除き、動機が内発性のモノ、
自発的に生まれたものに限ると、それはコトバの枠からこぼれ落ちるモノ、
「語りえぬもの」であるからこそ、絵であり音であるはずなのです。
 そこにはデュオニソスの化身ゾーエーがあり、死の欲動、父母未生以前など
様々な呼ばれ方をされつつも、いつも個を超えた大きな生命、死の気配、ある種の祈りに近い、
宗教的な情動へと通底してゆく何かではないでしょうか。 文化-芸術の起源について興味は尽きません。
 

暗黙知の次元―言語から非言語へ シンボル形式の哲学〈2〉神話的思考 (岩波文庫) 幼児の対人関係 (メルロ=ポンティ・コレクション 3)
暗黙知の次元―
言語から非言語へ

マイケル・ポラニー
シンボル形式の哲学
〈2〉神話的思考

エルンスト カッシーラー,木田 元
幼児の対人関係
モーリス メルロ=ポンティ,
木田 元,滝浦 静雄

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2010.06.05 Saturday
「言葉のしくみと思考のしくみ、あるいは生きることと語ることについて」
 古典を精読することが哲学することに直結するかどうか微妙なところですが、
原書の読書の楽しさを覚え、ある偏見が消えつつあります。
この十年ほど、少しずつですが伊・仏・西・独など英語以外の外国語を独自に学ぶようになり、
最近はギリシア語にも手をのばし始めました。
小学生の頃、英語教室への通学を強要されたおかげで語学に対するトラウマができ、
長年人文系に背を向けてしまった僕は、
後にイタリア語やドイツ語の新鮮な響きに触れ、救われた想いがしたものです。
(未だに周囲から英語が聞こえてくるとうんざりしてしまうのですが….。)
仕事で渡欧が多かったこともありますが、それは小さなきっかけの一つでしかなく、
真の学習動機はコミュニケーションよりも、初めに書かれた言語での特定書物の読書が目標で、
少しずつ読み始め、序々に言語数を拡げてゆきました。
日本語での読書よりも膨大な時間を要し、辞書なしでは誤訳もしてしまいますが、
この作業は他に代えがたい知的刺激を得ることができるのです。
説明が困難ですが、書かれている情報の接種、語彙の置き換えとは違い、認知言語学の範疇、
本一冊丸ごとメタファーの塊と格闘するような体験と言えるかもしれません。
そして文学よりも哲学書がそのディレクトさにおいて最も濃く、強いものが得られる気がします。
乱暴な要約ですが、文学が作り話、歴史書が事実の列挙、いずれもコトバによる時間軸に沿った線状の展開がなされますが、
哲学書は著者の脳をX線撮影したような、あるいは離散的なあり方、圧縮格納された原液のような密度を持っていて、
それを少量の水やお湯で溶きながら味わうというか、様々な角度から紐解いてゆく地味ながらとてもスリリングな作業です。
これだけならただ独りで愉しむ趣味の一つでしかないのですが、こうして複数の言語間を往来しているうちに、
母国語である日本語の構造が特異であることに次第に気付きます。
そんな中、一時一部の言語学に傾倒し、そこでおこなわれている研究や解釈を経由して、日本人の思考や行動の方向付けに、
「日本語の構造」が大いに影響していると確信するに至りました。
しかし実は多言語間の分析比較のずっと以前、二十代の頃から海外に出る度に
日本は奇妙な風習が支配する保守的な国ではないか?と、やや軽蔑に似た想いと、
純粋に祖国が好きだという想いが内面で綱引きをし、引き裂かれるような複雑な感情を長年持っていました。
この違和感、居心地の悪さというのは阿部謹也の言う「世間」にある部分近く、
村社会の残存のような閉鎖感、個性を排除しようとする同調圧力、本音と建前の使い分け、陰口や匿名による個人中傷など…。
どれも個や民主主義の成熟した欧米に見られない特異な風習で、社会の在り方がまずあるというよりも、
日本人の内面の問題−発話の場とコトバの関係に特異な基盤構造があり、
それがある閉鎖的社会の形成を条件付けていると考える方が順序として妥当でしょう。
よく言われる島国根性や風土だけでは一面的すぎて、この特異さを説明できない、世界に島国は他にも多くあるからです。
もちろん欧米も良いことばかりではありませんし、日本の風習でもとりわけ戦前のもので深く魅かれるモノが多々ありますが…。
 では我々の日本語がどう特異かというと、母国語を疑うということは、閉じた環境のコンピュータがデフォルト設置された
自らのOS(心)を疑うような起こり得ない事態、あるいは存在と不可分な感覚器官を全て疑ってみるほど至極困難な作業で、
他国の言語に確固としてあって、日本語に抜けている(不要とされている)ものを列挙する方がずっと簡潔に記述できます。
事例は日々喋っているドイツ語との比較から、ざっと挙げますと…
○動詞の人称変化-五種類 ○「格」の存在−四種類 ○名詞の性(男性-中性-女性)定/不定冠詞の厳格さ 
○格変化の及ぶ範囲の広さ -形容詞、冠詞、前置詞(冠詞との合体)、一部名詞n-Deklination ○語順の厳格さ 
○前置詞と動詞の密な連携 etc…….
 なにやら退屈な語学講座の様ですが、これら厳格な規則が崩れることなく守られていることは、
ドイツ語話者の内面がこのグリッド内で作動し、結果よく指摘されるドイツ人気質、時間を守り、
論理的で几帳面であるという性質を成立させていると想像できそうです。
人間と動物を分けるものがコトバであるとする“オオカミ少女”の話や、
子どもの言語獲得が生得観念かどうかという古くからある論争も絡めて考えてみると、
人間の母語は、我々の行動や思考の前提になる機構、基盤として常駐作動しているのは疑いようがありません。
上に挙げた特徴で最大の差異として浮き上がるのは、日本語には動詞の人称変化がまるで見られないことです。
人称変化の存在理由は主語を補佐する役割「発話者の特定」で、その痕跡を明示する為に複雑な文法を導入し、
長年厳守されてきたといえそうです。
ゲルマン語派に限らず、ラテン系言語にも動詞人称変化は厳格にあります。
フランス語は書き言葉で明確ですが、発話時には差異が消えるモノが一部あり、
我々に身近な英語はdo-does say-saysのような若干の残存はあるものの、ほぼ省略されてしまっています。
(これを退化とみるか?進化ととるか?)。
日本語には、近い唯一の例と言えそうな存在が、敬語における動詞 「する-される、いう-おっしゃる」のようなケースでしょうか、
しかしこれはまるっきり動詞が置き換わっているとも見えるので人称変化として区分していいのか疑わしいところですが、
使われ方は西欧圏の外国語における動詞の人称変化と同等です。
加えて、日本語はしばしば主語を省き発話されます。
動詞の人称変化が主語の補佐役であり、行為者の特定、刻印であることを上にあげましたが、
日本語はそれがないにも関わらず、大元の主語さえも消えうるというのは、かなり特殊な言語といえるでしょう。
(イタリア語は会話で主語を省くケースがありますが、動詞に必ず痕跡が残ります。)
各方面から問題視される広島慰霊碑の例など、発話に限らず記述においてさえ、その習慣が顕現します。
この謝罪意味について政治的意見を発することは控えますが、 純粋に文法上の問題として、
外国人が直訳されたものを誤読してしまう可能性を排除できないでしょう。
さらに細かい例ですが主語との絡みで言うと「自分」というものが、会話場面によって「私」を指したり、
時に「君」に転ずるなど、不思議な現象も起こします。
 ドイツ語は、人称変化のみならず、状況と意志の向かう方角を示す「格変化」を至る個所に痕跡を残すよう、
くどいほど変化規則が導入され、徹底されています。
誰がどういう状況で何に対して、どういう意図で行為をしたか、常に証拠を明示しようという文法設計が見て取れます。
これは個の尊重ともとれますが、行動における責任の所存を明示する管理社会の在り方、
法令遵守およびある強い政治背景も同時に浮かび上がります。
ドイツ語圏で哲学や論理学(コンピュータのプログラム言語/人工言語の祖と言える。)が群を抜いて発達したことも、
ドイツ語の文法構造の厳密さと無縁ではなさそうです。
 一方の日本語を母国語にする我々は、自己と他者の線引きが曖昧で、主語の存在をそれほど意識せずにコトバを発し、
前後の文脈から主体を推し計る文脈依存型、俗に言う空気を読む作業と常にセットで言語使用しているといえそうです。
この未分化で緩い構造は、歓待の際に自他間の区分が溶け合っているがゆえに、相手の領域に立ち入って場の要求を察し、
料亭など気の効いたもてなしを客へ提供できる世界一級のサービス業成立の背景になる一方、
規則の余白ゆえに、ある抜け道が生まれ、その隙に踏み込んで経済や政治動員、合意形成、
悪意あるすり替え、方向付けがなされる余地も同時に存在するのです。
個が全体に埋もれる、あるいは隠れる(隠される)ような言語空間というと、
インターネットにおける日本特有の匿名文化の起源もこの辺に求められるのかもしれません。
 主語を軽んじ、個と全体の区分が曖昧であるがゆえに、戦前ならいざ有事となれば一つにまとまり、
死を恐れぬ団結感、「公の心」をかつては持っていました。
戦後それらは憲法や教育により解体されはしましたが、群集意識という別のモノに丸ごと置き換わり、
極端な平等主義に伴う妬みの心と共に存続しているようにみえます。
IT時代になり情報選択枝が急増、多極多様化した現在も、未だに一つのトレンドに極端に流れる大衆の行動に、
個の自由による分散が起きている形跡は明確には無く、むしろ孤立を恐れてより周囲との協調へ向かう傾向さえありそうです。
個として言動せず、全体に埋もれたいという「日本語構造が生む心」は形を変えながらも強固に受け継がれているのです。
政治や経済活動においてある潮流、流行の流布において一括操作が容易である心の基盤を私達は認識し、 
権威による「声の大きさ」、「吹いている風」を今一度疑ってみることを、心に留めておきたいものだと思います。
                                                 つづく

新訳版・思考と言語 言語・思考・現実 (講談社学術文庫) ことばをつくる―言語習得の認知言語学的アプローチ
思考と言語
レフ・セミョノヴィチ
ヴィゴツキー
言語・思考・現実
L・ベンジャミン・ウォーフ
ことばをつくる
マイケル・トマセロ
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2010.05.31 Monday
kodomo to roujin
 また間が空いてしまいました。
 哲学が生きるヒントを与えてくれるかどうか、はなはだ疑わしい、 しかし美術や音楽や文学にはない魔力が、
ある種の哲学には潜んでいるという話。
それは端的にメメントモリとして機能するテクストであり書物とも言えます。
しかし現実の哲学を取り巻く教育現場や出版業界に纏わる状況は 深遠な古典や一部の優れた書物に反して、
どうも違っていそうだと感ずる人は少なくないようです。
即戦力の実学が優位に立ち、教育予算配分において、その存在意義も怪しまれる時勢。 哲学という言葉自体、
何処か気恥ずかしく感じるのも、度々指摘されるこの言葉の誤訳問題、 さらに運用範囲に変遷が見られるからでしょう。
近年よく耳にする経営哲学などの世俗的使用の響きに違和感をおぼえずにおれません。
 十代の頃から哲学に魅かれながらも、何処か疑ってしまうもう一つの理由に、 僭越ながら哲学者という大それた肩書の一方で、
それ自体では存立しそうもない職業、日々の実務は教員であるという現実。
孤独な思索者というよりは、大学などの組織内、権力者へのロビー活動を巧みに行い、ポジション取りをしてきた者という
一種の偏見を持っていました。
そして実際の教育の場で「アレテーは教えられるのか?」という素朴な疑問。
「考える」、「哲学する」という動詞を実践するというよりは、静的に体系的な「哲学の歴史」を 暗記することしか
不可能ではないのか?という疑念が強くありました。
今ではその方角からの学習の楽しさや原文精読の重要さも認めますが、 若い頃は、哲学の教授など、教育者というのは
総じてソフィストではないのか?と感じたものです。
これはピアノの弾き方は教えることができるが、対位法や和声理論を教えられても、
作曲それ自体は決して教えることができないことに似ています。
同様に絵画でも文学でも、画材の扱い、遠近法、色彩理論、文字や文法の学習は徹底できても、
いざ何をどう描くかという“私秘的な根本領域”には教育者の立ち入りうる領域など 本来ないはずだからです。
 ましてそこで学ぶ学生、日本はひとまず置き、ヨーロッパの重い歴史ゆえの極端な例ですが、
ヘーゲルが学長も務めていたフンボルト大学の研究者の知人でさえ、 膨大な古典の精読に日々追われ、
「考える」時間など全くないとぼやいていました…。
彼は歴史家ではなく、紛れもない哲学者です。
ただし伝統に縛られない、分析哲学を主流とする米国では事情が全く異なるのでしょう。
専門職の現場では、絶望や死への想いが活動動機になるどころか、
日々の重課題ゆえに好奇心さえも入り込む隙がなさそうに見えるわけです。
 日本の現場はさらに深刻でしょう、そもそも高校生の時点で、 医師になりたくて大学の医学部へ行く、
建築をしたくて建築学科に行くという実践に即した進路選択をする同級生は周囲にも大勢いましたが
まだ世間の荒波にもまれる前、親元に居る若者が、哲学を選択するに相応しい特異な好奇心、
絶望なりの動機を果たして持ち得るのだろうか?という大きな疑念があるわけです。
同じ日本でも木田元さんのような戦前生まれの世代は、絶望的な環境がそれを促した側面が多々有ったのでしょう。
しかし戦後、安保に守られ、自立する意志すらない温い国家に生まれ落ちた我々の世代は葉隠など忘れ去り、
経済発展のみに邁進してきました。
そのような土壌で死と対峙する学問への純粋な動機を持ち得ることなど限りなく不可能に思えてなりません。
自分の周囲にそういう動機を持った同世代の人物は一人として出会うことなく今日に至り、
内発的な好奇心でなく、他者の視線をくんだ疾しい流行があったのみだということは先に書きました。
何か悲観的に聞こえるコトばかり書いてしまっていますが、 こういう想いはただ若気のいたりや反発心、未熟さから
発したというよりも、一方で子どもの重要性、子どもは好奇心の塊で、生まれながらの哲学者であるという想い、
強い確信からそう結論に至りました。
そして子どもの可能性を殺してきたのは、他でもない「日本の戦後教育」ではないのかと。
敗戦における日本固有の事情についてはまた時を改めることにし、 万国の教育の起源は
皮肉にも古代ギリシア哲学にまで遡れることを思い返しましょう。
 子どもというのは何に対しても、「これは何?」と止め処なく好奇心をぶつけてくる、
日々生成変化を繰り返し、創造性そのものと呼べる存在。
しかし大人はしつこく問い詰めてくる子どもに対して、あるいは泣きやまない赤ん坊に対して
深い悪意はないにしろ、ある他愛のない嘘や脅しを使うようになります。
(早く寝ないとお化けが出るだの...悪いことをすると地獄に落ちるだの..../ ここでは体罰は除外し、言葉によるもののみです。)
この脅しとプラトンのイデアや洞窟の比喩、あるいはティマイオスにおけるアトランティスへの言及がくっきり重なってしまうのです。
つまり人を方向付ける"しつけ"、教育というものの芽生え、発端であり、そこにあるのは親や教師における
半ば恫喝ともとれる政治手段なのです。
哲学は全ての学問の根で、アカデメイアが学校制度の始原だと解釈すると複雑な想いがここで廻ってきます。
学校教育で型に嵌められ、社会人として周囲への同調や合理的振る舞いや作法を叩きこまれると同時に、
試験や進学など目的達成の焦点が乱れるような好奇心という無駄なモノは捨て去るよう、
効率化を強いられる場面に幾度となく晒されることになります。
教材枠内での競争は推奨されますが、なぜそれを教えるかという「教材の背景」には言及しません。
これらの経験の集積が後に日々のニュースでメタ次元に想いをはせず、容易に感情操作されてしまう
群集心理形成に一躍かっているのは間違いなさそうです。
皆とは言わないまでも、この体系での勝者がどういう傾向を持つか?
好奇心なり哲学的欲求から遠ざかるのは自明でしょう。
一方の敗者は、社会適合できず、精神に支障をきたし、絶望に至った結果、
ひょっとすると哲学への扉を開くことになるやも知れません。
子どもや社会不適合者扱いされる者がなぜか哲学的動機、資質を持ちえるのか?。
さらに一つ、重要な人達を忘れています。それは老人の存在です。
 高齢者は社会を長年渡り歩き、多くの人間を観察した経験から、 あらゆるアナロジーの素養を蓄えているはずです。
年齢からも死が視野内にある、定年退職した年配の方々こそ、 哲学に率先して関わる資質を持つとも思えます。
子どもは自活能力の乏しい弱い存在で、周囲の大人が保護せず、 独り社会へ投げ出されると直ぐに死に至ります。
そういう意味で子どもも老人と同様、「死に近い存在」であるともいえます。
 死を想ったり、存在を問うなどというと、ある種の宗教者の説法に通じるように思えます。
禅のビヘイビアリズム、あるいは中世のマイスターエックハルトのような聖者の説教に惹かれる部分が多々あるのですが、
哲学と信仰の大きな違いはそこに特定の修行法など、メソッドが何ら与えられず、
方法の模索、発見、扉を開け、道を切り開いて行くことを本人自身に強いる点でしょう。
与えられない環境で自ら突き進むには、相当に強い動機を必要とするものです。
それをつかさどるのが、生の証しともいえる内側から吹き出る好奇心であり、また絶望でもあると.....。
本来その動機は死に近い存在である、幼児や老人ならずとも、万人が保持していたはずですが、
社会運営の目的のもと、何処か目につかない場所に隠されている、あるいは意図して
視野外に遠ざけられていると言わねばなりません。
しかし優れた芸術というものは、我々にその気配を呼び覚ましてくれますし、歴史上、洞窟壁画など文化の起源を考えると、
原始宗教と切り離すことは困難なようです。
また、古くから人が死、あるいは超越的なモノを意識する瞬間というのは、人知の及ばない自然災害など、
大自然の「崇高さ」においてで、その法外さに神の存在を汲み取ってきたと言えそうです。
しかし近代以降、もっと遡るとキリスト教存立やプラトン以降、 人類の理性が地球を支配し、今日では人の行くところ
未開地などもはやなく、入植され、安全確保された営利地管理化されたリゾート地が広がるのみで、
そこに在るのはただ心地よいデザインが施された人為的美であって、
恐怖が同居する剥き出しの自然、崇高さでは決してありません。
芸術や文化の大半も、とりわけこの十年の停滞は、急速にそこへ向かったことが主因であるのは間違いなさそうです。
不況の中、唯一の成長基調にあるITインフラ企業に寄りかかる世界経済で、
文明が文化を破壊するなどと言うと 旧既得権益者扱いで全否定されるのは目に見えていますが、本当にそうでしょうか?
テクノロジーを疑ってきた一部の哲学者のことを今こそ思いだしたいのです。
現代において、我々高齢者でも子どもでもない成人が、心底恐れているのは
情報化-監視社会の過度の発達における「個の消失」なのかもしれません。
情報端末を通じ、日々友人と繋がりを確認し、安心する。
埋め合わそうとするその「寂しさの起源」は、死そのものへの生物的で率直な反抗なのかもしれません。
しかしそれが習慣化、日常化した「接続された心」は、個の壁が溶解してゆき、やがて破棄され、
ネットワーク情報から日々発信され、強いられる反射運動の連鎖から逃れることができなくなる動物と等値の存在、
あるいはヒラリー・パトナムのいう、水槽の脳のように、もはや死を想うことすらできないのかもしれません。


精神の哲学・肉体の哲学  形而上学的思考から自然的思考へ (学芸局Dピース) 哲学と反哲学 (岩波現代文庫) 反哲学史 (講談社学術文庫)
精神の哲学・肉体の哲学
形而上学的思考から自然的思考へ
(学芸局Dピース)
木田 元,計見 一雄
哲学と反哲学
(岩波現代文庫)

木田 元
反哲学史
(講談社学術文庫)

木田 元

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2010.04.30 Friday
2010/4/30
 先月、木田元さんに本をいただきました。「精神の哲学・肉体の哲学」は対談モノではありますが、
古代ギリシアから哲学史を順に辿り、マックス・シェーラの現象学、現代の認知言語学やアフォーダンスとの交差点、
脳科学懐疑、心の哲学の最前線にまで話が要約されたかたちで及んでおり、
原書を個別に読んでいても、気付くことのなかった意外な関連性、新たな視座を与えてくれる良書です。
とりわけプラトンのエジプトに関する話が大変興味深いものでした。
 思い返せば、僕は十代の頃から、哲学というものにアンビバレンスな強い想いがあります。
独りで居ることが好きだった小中学生の頃、BASIC言語でのマイコン・プログラミングに夢中だったり、
ミディ以前のCV制御時代のシンセサイザーを弄り出したり、そこで理系的な考え方を自然に身につけていた一方で、
周囲からは壁を作っているように見られ、非社交的でした。
日常、言葉を使う場面も対話でなく、モノローグ中心だったのです。
マイコンや工作、映画や美術等、全方位にあった趣味、興味が次第に絞られ、
音楽の比重があがってくると、外出の機会が増え、歳上の人々と接点ができます。
クラフトワークやキャバレー・ヴォルテールの来日コンサートを聴きに行ったのは確か中学二年生の頃、
既にキーボードやカセットレコーダのオーバーダヴで作曲らしき行為を始めていました。
英国やドイツのニューウェーブ〜インダストリアル系の音楽を好んで聴いていた周囲の知人達、大学生などは、
ポスト構造主義の本をいつも持参しており、自分も背伸びしてそれらに触れていたというか、巻き込まれずにはおれない時勢でした。
 いつの時代も若者の知的虚栄心というのは存在するものですが、 当時の知人達の行動も、一つの流行でしかなかったことが、
その後の言動不一致から露になり、酷く落胆したものです。
しかしなぜそれほどまでに深く落胆したのでしょうか?現在ほどではないにしろ、
広告という形で発信される情報洪水、洋服や映画、歌や食品に季節ごとに吹く風などに我々はもはや驚かないはずで、
声の大きさ(資本力)で強制流布されるトレンドの加熱冷却がモノに限られている場合は、避ければよいだけで、
もはや気にも留めません。
 しかしその対象が心であり、哲学や「思想」というモノだっただけに非常に強い違和感と恐怖感が未だに残っています。
80年代は経済的にも余裕があり、良い時代であったと語るアーティストの知人は多数居ますが、その一点で同意しかねるのです。
もしかするとエコが声高に叫ばれる昨今は、その点で80年代に近いのかもしれません。
心に踏み込んで来る言葉には恐怖感を覚えます。
 少々脱線しましたが、その頃ちょうど米国のヒップホップという途轍もない文化が入って来ました。
 観念的で独りよがりの欧州インダストリアル・ノイズにみられる、他者の視線を意識して「演じられる狂気」よりも、
米国黒人音楽における剥き出しの生、そこに真の野生の気配を察知し、当時、これこそが本物の音楽でないかと確信しました。
ニーチェの言うディオニューソス的なるもの、トマス・マンやユングとも交流のあった神話学者カール・ケレーニィの言うゾーエー。
それらが芸術を媒介に立ち現れるとするならばそしてそれは僕が繰り返し使ってきた子どもの衝動とも重なるのですが、
きっと主知主義に侵された欧州の現代音楽や、プラト二ズムならぬ演じられたワザとらしいニヒリズムを匂わす欧州ロックよりも、
80年代当時においては米国のヒップホップにこそそれが宿っていたと思います。
(ただしほんの初期の数年間に限り、後に命名され、形骸化、商業化と共に消費されてしまいます。)
もちろん当時はそのように分析して接していたわけでは当然なく、ただただ圧倒され、世界観が180度変わりました。
以後頭で考えるよりも、感覚に素直に生きようと決心し、知的なものを意図的に遠ざける道を選ぶようになります。
 しかし当たり前のことですが、人生というのは、いつ何が起こるか予期できません。
親との死別、友人の自殺、あるいは裏切り、失恋、これらは誰にでも起こるごくありふれた出来事ですが、
心の準備ができない若年期に自らの存在を揺るがす大きな出来事に直面すると、
対処法が発見できず、どうにかして折り合いをつける必要がでてきます。
ここで占いや宗教を選択して気休めを行うのが最も容易いですが、
僕の場合は一度は、決別した哲学が幾度もその役割を担ってきました。
人によってはそれが音楽であったり、文学であったりするのでしょう。
存在を揺るがされた為に、存在とは何かに触れられるものを探した結果ですが、
そこには宗教のように答えもドグマも用意されておらず、逆に袋小路に陥る可能性すらあります。
しかし読まずにはおられない衝動が内側から発動してしまうのです。
 木田さんのハイデガーの本(現在書籍が手元になく、記憶違いの可能性もあります。)にあった、
存在と時間に対するウィトゲンシュタインの感想、「言葉の限界に向かって突進しようとする〜」という思いにひどく共感するのです。
存在を問うことは社会における地位や世間体の確認ではなく、死を視野内に置くことではないかと感じます。
子どもの頃、病弱だった自分はいつもどこかでそれを意識し、眠りと死を重ね合わせて怯えていたことをよく覚えています。

                   続く

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2010

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